December 17, 2010

【読書】坂の上の雲 感想

大作"坂の上の雲"を読破しました。
大作のため感想も長いです。
(cos it is so long post,not translating within)

この作品は、明治30年代の日本を描いてあります。
あとがきにもありますが、ほぼノンフィクションです。

大国ロシアに対して勝利した明治人と、今の僕たちとを
同じ民族として捉え、感じた事を書きたいと思います。
しかし、全く持って僕の文章はとりとめが無いです。。
以下感想。。

倒幕運動や戊辰、西南といった内戦、暗殺の泥沼時代から
明治政府成立と、日露戦争はそれらの結晶を見事に演じた
日本国民の青春時代です。

ロシアからの侵略戦争に勝つという
ペリー来航以来の目的を、純度の高い目的意識から
奇跡的になし得る事の出来た明治人。
しかし、彼らはこの後狂っていきます。

奇跡的勝利を、絶対的勝利と神格化した日本人は
盲目的に、"日本は強い!!"と信じ込むようになります。
日本人は民族的に痴呆化します。

その後退した国民的理性の弊害が、ww2を招きました。
40年前と同じ国民が行ったとは思えないほど
愚かな行為だったと筆者は述べています。

そう考えると、現在のこの国は
当時の時間感覚でとらえると、狂躁の時代に入っている時期です。
ww2終戦後、新国家としての青春時代は恐らく
時代の目標がそうだったように、間違いなく高度経済成長期でしょう。

帝国主義時代は、悲しいほどに国の持つ価値は軍事力以外にありませんでした。
資本主義時代の今、当然ながら国の価値を測る尺度は資本という事になります。
国の価値とは政治力です。

ではどうして、かつて無いほどに税金も軽く
世界的な所得水準のほぼ裕福層である日本国民が
あえぎ苦しむのでしょうか?

精神論と規律論は、無能者の隠れ蓑という言葉が出てきますが
(能力の無い管理職はやたらと風紀の事や実務と関係無い事に固執するという意)
能力主義を、本来受けいる資質のない日本人には酷だったと思います。

というのも、日本人は能力主義で秀でたものに対する美徳を持っていないからです。
つまり、私たちは風紀委員会が本来居心地がいいのです。

その当時熱狂的に経済成長を求め、寝食を忘れ働いた数十年前の日本人は
日露戦争に勝ち得た当時の明治人の熱狂ぶりに、似ていたのではないでしょうか?
そして今、その狂躁の中で苦しんでいるのは同じ日本人です。

軍事力無くして政治力無しではなく、資本無くして政治力無しなのです。
だだし、国の資源までを資本にしてしまうと、大変な事になるという事に
(資本主義国が呼び出した)先進国も考えるようになってきたのです。

いとも簡単にパワーバランスが崩れるシステムの中に、私たちは居ると…

能力主義とは何か、を感じ得る事も出来ないうちに世の中が変化しすぎました。
それでもなお、自分達はこの能力主義の中で国際的に生きていける
と信じている事が、現代の日本人があえぐ理由だと思います。

今一度、日本人の美徳と価値観について理解を深める事が
我々の第一歩なのではないでしょうか。
それをファンデーションとして生きていくのが
日本人の美しい姿(青春時代のような)だと、この作品を通じて実感しました。