http://blog.tatsuru.com/2010/12/26_1356.php
を読んで思った事を書きます。
才能は英語でgiftedとかって神からの贈り物って意味を
もって表されます。
リンク先には、その才能は自分の為に使うんじゃなく
人や世の中の為に使う事で才能の枯渇を抑える事が出来て、
生きるという使命から来る、責任からの負責感が緩和されると
そしてネクストレベルに行く、という様な事が書いてあります。
別に共産的な話をしようなんて気は一切なく
僕のような馬鹿にでも理解できるように
僕のような平々凡々な日常にステージを
置き換えて理解しようと努めたのがこの文章です。
まず誰もが持ち得る、人間の本質的な才能ってなんだろうって考えた時に
真っ先に思い立ったのが、優しさであったり、思いやりであったり
人を愛したりという、人間らしい部分が思い立ちました。
子供の時、親や周辺に愛されて育った人は
よりその才能があるのではと勝手に想像しています。
老人に電車で席を譲る、苦しそうな人を助ける
分からない事は教え時にはきつくしかる。
そういった献身的な行動が
はじめは煩わしい(自分が本来できる事じゃないと思っているため)
と感じるかもしれませんが、
その事が、実は己を救っている。
それができなのを、人のせい、都会や田舎といった環境のせい
にしても結局自分に帰ってくるというように解釈しました。
シンプルに考えるとただただ当たり前に感じる事なのですが
自分の才能となると、自分が可愛いせいで
枯渇し見えなくなっているのではないのでしょうか?
自分の才能って何だろうって考える時
他におすそわけしたいもの。
それが才能なんじゃないでしょうか?
僕の周りには遊びの天才が沢山いるので
毎日楽しく過ごす事が出来ています。
January 17, 2012
January 6, 2012
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